腹痛と生まれてこなければよかったな〜って考えが周期的にやってきます。数か月ごとくらい。
死ぬのはよくありません。死ぬことは非常に無責任だと思います。
親が大学にいれてくれて、ここまで食べさせてくれた愛情が無駄になってしまうからです。
ただただ、生まれてこなければどんなに良かっただろうなってふと思い返してしまう時があり、
一度押さえつけたはずなのになかなか取っ払えないときがあるんです。
こういうとき、好きな本とか漫画とか、クレヨンしんちゃんとか見て「ああ人生はこうやって面白おかしく生きていきたいものだ」
と紛らわすのですが、なぜ僕は、二次創作物のみに癒しを頼ってしまうのかと考えます。
現実の生きざまでいろんないい話、ありますよね。
伝記なり、著名人のエピソードなり。
だけど最近水を差すことを売りにしているものもあり、なんだかうんざりしてしまうんです。
ほんとは〜だったみたいなやつね。
じゃあ一体突き抜けるような生きざまってものを持って生きた、ヒーローは一体どこにいるんだい。
一人いればいい、一人いれば癒される。
だけどなにかといちゃもんがつく。
最近だと映画のビューティフル・マインド、感動したのに、調べてみたら本当は博士は同性愛のケもあり、離婚していた(この映画は夫婦愛とその支えによる成功を描いたものだった)らしいです。
ああああああ…やめてくれ…こんなのばかりだ。生きるということを、どんな辛酸をなめて、辛いと思っても、それでもそれを笑顔で肯定できるような話が大好きなのに。
現実にはやはりいい話はないのかな。だけど自分が生きているのは現実なんだ。
自分はまったく人生においてそれほど苦労なんてして生きてはいない、苦労してるなんて言ったら怒られるくらいで。
だけどいろんな苦労を味わった上で、人というものを自分はどうとらえられるんだろう。
きっと対人関係でいやな思いをすることがこれから山ほどあるだろう。
だから最後に笑ったもの勝ちといわれるんだと思います。
なにもいやな思いもしない、甘い学生生活の中で笑い、楽しむことはいいことです。だけどそこで人生はいいものだ、人はいいものだと言うことにたいした価値はないとおもっています。
逆もまたしかり。
それはわかっているんだけど、あまり大人からいい話は聞かず、どうにもこうにもこの先にいやな面ばかり見えてくる気がします。
だけど積み重なってしまった21という年。もう投げ出すことはできないだろうな。
存在しなかったことにはしてくれないだろうか。
タイトルはネガティブな自分に親がよく言ってくれた言葉(ほんとはちょっとちがうけど)です。
これを少し頼りにして、あと二年を過ごしつつ、社会に出て、人生や人というものが心底いやになってしまう前に、明かりがともってくれたらと思います。
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